自分には精神病院への入院歴がある。閉鎖病棟に1ヵ月、開放病棟に4ヵ月。トータルで5ヵ月にもなるわけだから、考えてみれば相当の時間を精神病院の中で過ごしたことと思う。いやぁ、確かに長かった。
ところで、ここで話題にしたいと思うのが閉鎖病棟での印象だ。
ただし、閉鎖病棟と言ってもケースバイケースである。また、感じ方も人によって違うだろう。だから、ここでの文章は、あくまでも自分の体験記とでも捉えて欲しい。
閉鎖病棟に入る
自分が閉鎖病棟に入ったのは、実は想定外だった。入院した病院は精神科専門の大きなところで、自分の通っていたクリニックの元締めのような位置づけだったと思う。クリニックで入院希望の旨を主治医に話したところ、紹介されたのが元締め病院というわけだ。
さて、そのようなわけで病院に入ったのだが、ここでトラブルが起こった。と言うのも、開放病棟に入る予定が閉鎖病棟に入る羽目を見たからである。何でも、自分が入院しようとしたタイミングは開放病棟が工事中か何かだったらしく、実質的には閉鎖に入らざるを得なかったということ。主治医に騙された気分になった。
しかし、それに気づいたのは入院の際の誓約書にハンコを押す段階。後戻りはできない。顔で笑って心で大泣きしながらハンコを押したのを覚えている。
そして、入院手続きを終えた後で男性看護師に連れられて病棟に向かう。なるほど、ウワサには気いていたが、精神病院の看護師は男性の比率が高い。仮に患者と格闘しても負けてはいけないのだろう。刑務所の官吏ではないが、強いのだろうな……などと勝手な想像しながら閉鎖病棟に向かった。
閉鎖病棟の印象
そのような感じで病棟内に入ったのだが、病棟に入ると看護師がベッドを指差して「どうぞお休みください」とのことだった。……まだ昼間だぞ。寝てられるか……などと思いはしたが、逆らうとどこに閉じ込められるか分からない。とりあえずは従った。
さて、そんなこんなで閉鎖病棟に入ったのだが、それはやはり特異な空間であった。印象としてはお年寄りの比率が高く、若い連中はあまり居ない。最年少と思えたのは大学生の青年が1人だった。
「老人ホームってこんな空間なのか」
……などと勝手な想像をしたものだった。
ところで、閉鎖病棟の建物は異様だった。と言うのも、窓はほとんど開けられず、ドアにもカギが掛かっている。要は簡単には脱出できないのだ。火災が発生したらエライことになるぞと思ったが、この手の病院建築は法規的に特殊なのだろう、と勝手に納得した。
そして、病棟のベッドに通された後はどうしたかと言うと……当然かも知れないが、何もすることが無い。ラウンジに年配者が陣取っているのだったが、その中にも入りにくい。しかし、礼儀もあるので、一応の挨拶をして中に入った。ラウンジにあったのはオセロや将棋などのちょっとした玩具、そしてテレビなどであったと思う。……あまりにも退屈過ぎる空間だ。3日で飽きるかも知れない。
退屈な空間
人間の精神について考える場合、精神状態は身体の状態は行動の如何でずいぶんと変わるらしい。気分の優れない時に身体に優しいことをすれば気分が上がる。例えば、美味しいものを食べると気分が良くなるようなものだ。また、行動に関しては、趣味に夢中になると気分も好転する……といった現象が挙げられるだろう。つまり、メンタルヘルスの健全化には身体や行動に良い作用をしなければいけないのだ。
ところが、その閉鎖病棟では勝手が違った。……なにも企画が無かったのである。極めて退屈な空間だったのである。しかも、出て来る食事はそれほど美味しくも無い。メニューまで退屈だった。
幸いにも、自分は他の入院患者と仲良くなることが出来て、その面々とトランプなどで遊べた。もしかすると「トランプなんて飽きない?」と疑問に思うかも知れないが、何せ退屈な空間。トランプなどでも楽しめた。何とかであっても、退屈さは払しょくできたわけである。
……こうやって改めて閉鎖病棟への入院を振り返ってみると、実に特異な時間と空間だったな、と思う。たまに「もう一度入院したいものだ……」などと思いはするが、閉鎖病棟は御免被るかも知れない。……いや、拒絶することだろう。
まとめ
以上、自分が閉鎖病棟に入院した時の印象などを書いてみた。閉鎖病棟の入院経験者であればうなずける部分があったと思う。まぁ、病院の雰囲気はケースバイケースのため、自分の経験は部分的にしか参考にならないかも知れない。
しかし、これから閉鎖病棟に入院を計画している人においては、少しは参考になる情報と信じる。……特に、入院について何も分からずにいる人においては猶更だ。
ともかくとして、閉鎖病棟は密閉された空間。そこに入るためには、ある程度の覚悟は必要だ。この文章が、その覚悟を決める際の参考資料の1つになれば嬉しく思う。

